前回に続き、マネジメントの師匠の話。
師匠を語るうえで、軸となる要素は「男気」がある点です。
そう、もはやこのブログのキーワードの1つにもなりつつある「男気」です。
最も印象に残っているのは、
現在と同業の古巣時代に地域別オーナー会を実施したときのことです。
それまで東京一極集中で実施していたオーナー会を、
当時の組織の社長含めた経営幹部5名と自分が率いていたオーナーコンサルチーム3名で各地を訪れ、
計7箇所での地域別オーナー会を開催したことがありました。
そしてその全ての地域で自分は司会進行を任されることとなりました。
社内イベントの司会はその時点で結構場数を踏んでましたし、
自身のバックボーンから舞台度胸や人前という要素は全く問題なかったものの、
オーナー会ということで違う引き出しが必要で、
且つその地域別オーナー会が、
大枠なテーマをもとにフリーディスカッションの時間が多い構成だったので、
かなり司会の段取りや進行力が問われる場でした。
当然、自分が最もその当時のあらゆるオーナーのキャラクターを把握していたため、
自分以外に適任はいない自負もありましたし、
参加オーナーにいかに満遍なく発言いただくように工夫するか、
本番前はそれに集中していました。
ところがここで事件が起きます。
本番前、社長以外の3名の経営幹部が自分のところに寄ってきて、
それぞれが「こういう質問は俺には振らないでくれ」とあれこれ注文してきたのです。
これは結構ショックでした。
どういうことかと言うと、
要は社長やオーナーが見ている前で、
発言に詰まり、醜態をさらすのを避けたいといういわば保身の意図としか捉えられませんでした。
前述のとおり、自分はただでさえ、
参加オーナーにいかに満遍なく発言いただけるかに集中し、
こういう流れの時にはこのオーナーに振って、
この流れでこのオーナーの得意分野を語ってもらい有機的にして・・という具合に、
色々とシミュレーションをしていた中で、
なぜ社内にまで神経を注がないといけないのか?
しかもそれが全く場の本質でない「経営幹部の保身」という事実に、
当時の会社の未来を憂いだ記憶が鮮明です。
(とはいえ、この時点で経営幹部が頼れないと割り切ることができ、
ならば自分がこの会社を勝たせるために牽引するしかないと悟り、
その場の調整含め、腹が据わったという意味ではメリットも大きかったですが)
そしてそんな中で唯一、オーナー会という場にも関わらず、
良い意味で平常どおりの雰囲気の経営幹部が1人いました。
それが師匠です。
師匠は上記のことを知ってか知らずか、
本番前にナーバスになっていた自分に対して自信を持たせてくれるような言葉を掛けてくれ、さらに
「もし振り先に困ったり、場が難しいとなったら、遠慮なく俺に振っていいよ。
どんな質問だろうが、どんな局面だろうが、絶対にバシッと返答できるから。バシッと。」
と、さらっと言ってくれました。
痺れましたね、この男気。
自分は性格的に誰かに付いていく~という思考になったことが人生で一度もないのですが、
この瞬間、この先何が起きてもこの師匠のことは信じようと心に誓った出来事です。
ちなみに・・
いざ会が始まり、実際に誰に振ったらよいか困ったシチュエーションがあり、
お言葉に甘えて師匠に振ったら、
師匠が「え~・・もう1回質問言ってもらっていい?」
と、全くそれまでの流れを把握しなかったという伝説も生まれました。笑
こういうエピソードも、ある意味では度胸を物語ってますし、
常に素で勝負している感じが格好いいんですよね。
この師匠と師弟関係として身近で仕事をしていたのは約2年くらいでしたが、
仕事ぶりが秀逸でカリスマ性があり、
様々なシチュエーションでの言動、
難しい局面での判断、隙があるエピソードなど、
全て自分の頭の中に記憶されています。
今の環境で本部の長としてのタスクを担って以降、
立場的にそう簡単に誰かに相談もできませんから、
悩んだり、苦悩したりした際には、
「師匠ならどうするかな~?」なんて想像しながら、
様々な壁を越えることができました。
また、好調なときほど、
今の自分と当時の師匠(ちょうど年齢的にも重なることもあり)を比べ、
その度に明鏡止水の心持ちで「自分はまだまだ未完成。さらに高みを目指し、師匠を超えたい」と思うことができます。
そういった意味では、
現在は一緒に仕事をしていないからこそ、
当時の師匠は自分の中での永遠のライバルとして機能しています。
自分は引きの強さには自信がありますが、
最も象徴的な出来事は、この師匠と最高のタイミングで一緒に仕事が出来たことです。
ではまた。